11月18日(日)、パリ散策

朝は6時半起床。7時まで地下のゲーセンみたいなところで本を読んでいた。本当はロビーで読みたかったのだが、テレビの音がうるさくてやめた。

朝食はバイキング形式。もりもり食べて紅茶を2杯飲む。スマホで日本の新聞を読もうと思ったら速度が遅くて読めなかった。部屋に戻ると相部屋の荷物の持ち主が戻っていた。ひょろながいおじいさんだった。

荷物をまとめたり地図を眺めたりしていた。おじいさんが別れ際にじゃあねと言って出発した。ぼくもスマホの充電をしてから9時過ぎに出発した。

風が冷たいが、快晴で日向は少しずつあたたかくなる。ナシオン広場に出ようとしてさっそく道に迷う。スマホで確認してなんとか広場に出る。ちなみに、パリの広場は広場ではあるのだが、基本的にロータリー式の交差点であると思って間違いない。

朝からやっている食事屋さんも多いようだ。日曜なので基本店は休み。市街地に向けて歩いて行き、途中でセーヌ川を見ようとメインルートを外れる。川を見ながら歩く。風流だが、ぼくの気分は悪く、パリなど滅びてしまえばいいとすら思った。いよいよ自分の居場所がないように感じた。消えたくなった。ランニング姿の、特に女性が多い。パリで怪しく見られないためには、タイツを履いてランニングするのがいいと思われる。

中洲の島が現れる。サンルイ島だ。眺めながら更に進む。観光客が多くなる。ぼくも観光に来ているのだが、人混みが苦手なので観光地は苦手である。光を見よ。

特別見たいものもなかったがスマホの地図を見るとシェイクスピア・アンド・カンパニーと出ている。ジェイムズ・ジョイスが初めて『ユリシーズ』を出したところである。ノートルダム大聖堂から川を挟んで目と鼻の先。ノートルダムはやはり人気で、当の書店も見物人が絶えない。なかには入らず写真だけ撮った。

セーヌ左岸を土産物屋をチラ見しながら進み、ポンヌフを渡る。意外とポンヌフは短い。ポンヌフの恋人というフレーズしかぼくはポンヌフについて知らない。

ルーブル美術館らしい建物を過ぎて、チュイルリー庭園に入った。やわらかい砂の地面を歩く。孤独感が増す。ツール・ド・フランスのビデオで見た景色がところどころ視界に入る。観覧車とか。

庭園の入り口のところでトイレの使用権を80セントで購入した。軽くディスっているのだが、公共トイレは無料にすべきだと思う。生きているだけで金がかかるという過酷な現実を小用を足すたびに感じなければならないなんて残酷だ(あとでわかったが、道端にある公衆トイレは無料で使える)。

シャンゼリゼ通りをコンコルド広場から攻める。警察が肩からマシンガンをかけている。撃って、いや撃たないで。さみしいさみしいさみしい。たまにトイレ行きたい。

マルセル・ダソーの交差点を過ぎると、一気にお店が並び、表参道的雰囲気となった。ぼくには基本関係がない。スパスパと人混みを切り抜ける。ローラン・フィニョンが89年のツールで最後にダッシュしたと思われるゆるやかな下り坂を逆方向にゆるやかに上っていく。

凱旋門に着いた。写真を1枚。証拠である。中学のときなら泣いただろうが、乾ききった26歳のぼくはほとんどなにも感じなかった。ロータリーを回ってそのままグラン・ダルメ通りを進む。

ブーローニュの森までたどり着き、のんびりしようと思ったものの、のんびりする方法がわからず、早々と退散し、せっかくなのでエッフェル塔を見に行こうと思う。

途中ヴィクトル・ユゴー広場でレストランに入り、昼食を食べた。メニューが英語にもかかわらず、よく理解できず、先にビールをもらった。結局ハンバーグに目玉焼きがのっかっているものが出された。それを注文したということだ。デザートとコーヒーまで頼んで、少し佇んだあと会計を済ませて店を出た。

タバコ屋を見かけたので入ってみる。ジタン・マイスを頼んだら、マイスはないと言われ、普通のやつ、つまりfiltreを頼んだ。

トロカデロ宮殿に着く。エッフェル塔がよく見える。パシャリ。もっと近くで見たくなり、宮殿を回り込んでイエナ橋を渡る。

いよいよ観光客が多い。ぼくも。写真を撮りたかったが、あきらめた。ブルドネ通りを南下し、エコール・ミリテール駅からメトロに乗った。パリ市内の移動は、メトロがおすすめだ。安い早い疲れない。

ポルト・ドゥ・バニョレ駅から、今度は道を覚えたので、すぐにユースホステルに着いた。

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